夫婦の倦怠期なのか? セックスレスなのか?

男女が長く一緒にいると倦怠期が訪れます。
恋人でも夫婦でも、大多数が倦怠期を感じます。
自分の心からやってくる感情のため、誰かが代わりに解決できるものではありません。
実際倦怠期というものは感じて当たり前の心から来るものだと思います。
今日が最期だと思ったら、誰も倦怠期を感じないでしょう。

恋人同士でも倦怠期が訪れると克服することもありますが、お互いに感情が冷め、別れる場合が多いと言えます。
夫婦なら感情が冷めたからという理由だけで別れることはできない状況のため、軽々しい問題ではありません。
夫婦に倦怠期が訪れる理由は様々です。
何事もなく暮らしているが、つまらなく活気がなくなり、配偶者に気を使うのも面倒くさく、ただ一人でいたくなります。
振り返ってみて、特におもしろいこともなかったと思うと、人生が無意味に感じてしまいます。
他の人は楽しい人生を送っているようなのに、何か虚しく…。
見方によってはうつ病のように心が沈み、ただ会話するのも面倒臭くなります。
言いかえれば、そっけない人生が夫婦倦怠期として訪れるのです。
別の理由では結婚生活が辛く、繰り返される相手の行動のせいでイライラし、怒りを覚え、顔を合わせたくなくなります。
結婚を後悔し、なぜ自分がこんなに苦労して生きなければならないのかとイライラしていしまいます。
配偶者が嫌になり、会話をするのも嫌気がさします。
だからといって離婚できないので、ただ生きていくだけなのです。

結局倦怠期というものは平凡に生きていても訪れるもので、イライラすることが続いても倦怠期が訪れます。
会社に勤めていてもやることがなければ、会社に通うのもつまらなくなります。
魂が抜けた状態で会社に通っているようで…、楽といえば楽だけどつまらない。
反対に会社でやることがすごく多く、辛くてもイライラして通いたくなくなります。
“あぁもう嫌だ…、会社は全く変わらないし…”
このように人間は何事もなく生きてもつまらなく、イライラして過ごしても飽き飽きするのです。
夫婦倦怠期が訪れると、セックスレスになる夫婦もいます。
配偶者と会話するのも面倒臭く、一緒に寝るのも嫌なため、夫婦喧嘩もしばしば起こり、それぞれ別の部屋を使うようになることも多いのです。
そうなると営みの回数も減り、お互いの距離が離れてしまいます。
もちろん倦怠期でなくても、営みだけ行わない場合もあります。
理由はどうあれ、夫婦が結婚して、会話もなく、営みも行わないのは、あまり良い状況とは言えません。

体が離れると心も離れ、心が離れると体も離れてしまいます。
何よりもお互いが義務的に生きていると感じたら、お互いが一緒にできる何かを計画してみるのも良いでしょう。
同じ趣味を楽しんだり、何か一緒の目標に向かって行動するのも良いです。
お互い自分の任された領域だけ処理していると、気づけばハムスターがホイールをクルクル回っているように生きていると感じるため、つまらない結婚生活になってしまいます。
お互いに目標を決め一緒に叶えようとすると、その過程で夫婦の関係はさらに強いものとなるでしょう。
しかし多くの夫婦は何か一緒にできる計画を立てるより、ただ外で働く人は働いて、家事をする人は家事をしながら「疲れてるから話したくない」、「あなたは家に帰ってくると無言なの?」といった風に、会話もなくただ1日1日を生きていくことが多いようです。
家庭によって倦怠期が訪れる理由は異なりますが、倦怠期の訪れる理由は、共にする時間が不足しているからです。
もしお互い一緒にいる時間が長いのに、倦怠期が訪れたとしたら、何か情熱的に共有できる計画や趣味を持つのが良いのではないでしょうか?
ここでの計画というのは、1年でいくら貯めようとかいうのも良いし、すべての山で登山してみようというのも良いし、同じ趣味を持って、周囲の人の話を共有するのも良いでしょう。
友達同士で会話が弾む理由が、お互いに共有できる話題があるからです。

夫婦間で楽しめる話題がないと、会話もしなくなり、結局倦怠期だけが訪れます。
セックスレス夫婦も同じです。もう倦怠期が訪れていて、その時期をスムーズに乗り越えられず、感情だけ悪化したまま時が過ぎたため、嫌だと言う感情だけが募っていきます。
夫婦倦怠期やセックスレスは当事者間の気持ちの問題なので、第3者がどうこう言えません。
お互いイライラする行動が繰り返されて訪れた倦怠期なら、会話を通して、相手が何を望み、何を嫌がっているのかを確実に知って、以降の行動に変化を与える必要があります。

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